新しいアプリで動画をぜひご覧ください:https://bit.ly/3g9KM8j
海難事故を経験した人は、二度と船には乗りたくないと考えることでしょう。しかし今回ご紹介する女性は1つの海難事故を生き延びただけでなく、さらに2つもの事故から生還し、それでもなお船の客室係としての仕事をつづけました。彼女の名前はバイオレット・ジェソップ。あだ名はミス不沈。母親も元々海で客室係をしており、彼女が病気になった際に、若いバイオレットが跡を継いだのでした。最初の2年こそ何事もありませんでしたが、その後さまざまな不幸が彼女を襲ったのです。ひょっとすると、襲ったのは幸運かもしれませんが。
彼女が仕事を得たのは当時でも最も豪華な客船オリンピック号。1911年9月20日、バイオレットはデッキで仕事をしていました。海は穏やかで、何事も起こる予感はさせていませんでした。船がワイト島とイギリス本土を隔てるソレント海峡に差し掛かったとき、その行く手に巡洋艦ホークが現れました。オリンピック号の横を通るはずだったその軍艦は、異常をきたし、互いに正面衝突を起こしてしまったのです。オリンピック号の船長は回避行動をとろうとしましたが、上手くいきません。どちらの船も沈まず、けが人も出なかったのは不幸中の幸いだったでしょう。そして1912年4月、バイオレットは次の船へと乗り込むことになったのです。そう、当時不沈船として名高かったあのタイタニック号です。
#ブライトサイド
タイムスタンプ:
オリンピック号
タイタニック号
ブリタニック号
ストックマテリアル (写真、動画など):
https://www.depositphotos.com
https://www.shutterstock.com
https://www.eastnews.ru
エピデミックサウンド https://www.epidemicsound.com/
ブライトサイドのチャンネル登録 https://goo.gl/31w525
-------------------------------------------------------------------------------------------
5分でできるDIY Youtube https://goo.gl/ffui6
落書きキングダム https://bit.ly/2Sy1lPk
123 GO! Japanese https://bit.ly/2JUFBwB
私たちの実録日記 https://bit.ly/2OHK5sk
わんぱくスライムサム https://bit.ly/2PheoFI
----------------------------------------
声の提供
さくらい声優事務所
タイタニック 船長 在 ブライトサイド | Bright Side Japan Youtube 的最佳貼文
1911年5月31日、2年間の造船工事を経て、ついにオリンピック号級の2つ目の客船が完成。 これにより、1年後の処女航海の準備が整いました。 この船は、世界で最も豪華な客船だったのです。 この画期的なニュースをデイリー・ヘラルド紙で読むとすぐに、海上の宝石で旅行することに決めました。そして、ロンドンにあるホワイト・スター・ライン本社に向かい、チケットを購入。 1等船室の最安運賃は30ポンドで、現在の47万円以上に値する値段でした。
1912年4月10日水曜日、ついに出港の日がやって来ました!目の前にある巨大な船は想像以上に大きかったので驚きました。 タイタニック号に乗船すると、エドワード・スミス船長が挨拶をしているのが聞こえてきました! まもなく船の旅が始まります。 シェルブールとクイーンズタウンに停船し、2,200人以上の乗客と乗組員が乗船した後、大西洋横断の旅に出発するのです。 タイタニック号の出航準備が完了し、下で見送っている人々に別れを告げると、甲板から警笛が聞こえてきました。 船は1週間後の4月17日にニューヨークに到着する予定でした。 でも、それは航海が計画通りに進んだ場合の話です。 タイタニック号は沈没を避けられたのでしょうか? そして、もしタイタニック号が沈没していなかったら、一体どうなっていたのでしょう?
#ブライトサイド
ストックマテリアル (写真、動画など):
https://www.depositphotos.com
https://www.shutterstock.com
https://www.eastnews.ru
エピデミックサウンド https://www.epidemicsound.com/
ブライトサイドのチャンネル登録 https://goo.gl/31w525
-------------------------------------------------------------------------------------------
5分でできるDIY Youtube https://goo.gl/ffui6
落書きキングダム https://bit.ly/2Sy1lPk
123 GO! Japanese https://bit.ly/2JUFBwB
私たちの実録日記 https://bit.ly/2OHK5sk
わんぱくスライムサム https://bit.ly/2PheoFI
----------------------------------------
声の提供
さくらい声優事務所
タイタニック 船長 在 ブライトサイド | Bright Side Japan Youtube 的精選貼文
タイタニック号のことをご存知の方は多いでしょう。ただ、太西洋にて沈没した船は他にもあります。SSモロ・キャッスルはご存知ですか? 1930年代に完成したオーシャン・ライナーです。1934年9月5日、500名の乗客を乗せて船は最後の旅へと出発しました。9月6日の午後、船は強い風と厚い雲に出くわします。次の日の朝、雲はさらに厚くなり、風が東に移動し始めました。これは、嵐が形成される最初のサインです。
その日、船の船長であるロバート・ウィルモットは、夕食を自分の元まで運ばせました。すぐに、彼は胃が痛いと周囲に告げ、その後脈なしで意識不明の状態で発見されました。そのため、一等航海士のウィリアム・ウォームスが引き継ぎます。この時点で、風速は時速50キロ。しかし、状況はさらに悪化しようとしていました。さて、それではSSモロ・キャッスルの事故とその生存者の物語をご紹介しましょう…。
#ブライトサイド
燃えたSSモロ・キャッスルの船体、ニュージャージー州、アズベリー・パークのコンベンションセンターの反対側: By Stickeler Tuoto.30/Wikipedia, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7860229
アニメーションはブライトサイド製作です。
ストックマテリアル (写真、動画など):
https://www.depositphotos.com
https://www.shutterstock.com
https://www.eastnews.ru
エピデミックサウンド https://www.epidemicsound.com/
ブライトサイドのチャンネル登録 https://goo.gl/31w525
-------------------------------------------------------------------------------------------
声の出演:荘司哲也(Studio Kiwi)